物体の仮想切断面には外力と釣り合うような内力が生じている.内力には,大別して,並進力と偶力(モーメント)がある.前者には,
○仮想断面に垂直に作用する軸力と
○仮想断面に平行に作用するせん断力
がある.一方,後者には,作用方向を右ねじが進む方向のベクトルで表して,
○仮想断面に垂直に作用するねじりモーメントと
○仮想断面に平行に作用する曲げモーメント
がある.
これらは荷重との釣合いを考えた場合に生じていなければならない力であり,実際に仮想断面に生ずるのは単位面積当たりの力すなわち応力であり,内力は応力の合力である.
一方,これらの応力に対応してフックの法則に従うひずみが発生し,仮想断面近傍には次のような微小な変形(本書ではこれを基本変形量と呼ぶ),すなわち,
○軸力に比例して垂直ひずみ(単位長さ当たりの軸方向の伸びあるいは縮み)
○せん断力に比例してせん断ひずみ(平行2断面の単位長さ当たりのずれ)
また,
○ねじりモーメントに比例して比ねじれ角(単位長さ当たりの断面の回転角)
○曲げモーメントに反比例して軸線の曲率半径
が発生する.そして,これらを物体全体に渡って足しあわせる(積分する)ことにより,伸び・縮み,ねじれ角あるいはたわみなど物体全体の変形が求まる.
材料力学では,内力と応力の関係,および内力と基本変形量の間に単純ではあるが実用的な仮定を設けて計算を簡略化している.
材料力学の問題を解く基本は,
○仮想切断面に外力と釣合う種類の内力を設定しこれと荷重との間で力の釣合式を作成して内力を求める事(力学)
○内力と基本変形量との関係式により基本変形量を求める事.(材料力学的公式)
○幾何学的考察により基本変形量と物体の変形との関係を表す事(幾何学)
である.これらが出来れば材料力学の問題は解ける事になる*).
その際学生が戸惑うのは力の作用方向と力を表す記号につける負号,あるいは物体が変形する方向と変形量を表す記号に付ける負号の関係のように思われる.
念のために,力あるいは変形の方向とそれらを表す記号に付ける負号について,幾つかの注意点を挙げておく.
注*)この3項目の中で材料力学の公式が前面に表れるの1項目だけである.言い換えれば,材料力学の問題を解くにあたって,労力の2/3は,これまでに学んだ知識,特に「力学」と「幾何学を含めた数学」の知識,に基づいて与えられた問題を論理的に数式化しこれを解く事に費やされ,「必死に覚えなければならない公式などそんなには有りません」と言っても良い.
「ここポイント!しっかり覚えておくように!」ではなくて「ここポイント!この考え方をしっかり身につけなさい」です.
問題を解くに当たって仮定する未知量の負号とその作用方向に関しては以下の事が基本である.極めて当たり前の事であるが,学生さんは屡々これを忘れるようである.
○ある未知量Xを作用方向を明示して仮定,問題が解けたとすると,
解が正ならばXの作用方向は最初に仮定した方向
解が負ならばXの作用方向は最初に仮定したのとは逆方向
である.したがって,予め作用方向が予測できなくても
○作用方向を仮定し,その仮定の下で力の釣合式あるいは幾何学的関係を考えればよい.
仮定した作用方向が実際の作用方向に一致していれば正の解
逆ならば負の解
が得られる.作用方向がどちらになるかであれこれ悩む必要はないのである.ただし,作用方向を仮定した後は,
○(以後実際の作用方向の事は一端無視して)その仮定にしたがって力の釣合式,変位の関係を導かねばならない.
○そして,最終的な解が得られた後,それが物理的に矛盾のない作用方向であるか検討する
○例えばある断面には”引張力”が生ずると仮定したならば,その部分は”伸びる”し,そこでの引張力や応力は”仮想断面から物体の外向きに作用している”としなければならない.
なお,
○はりの曲げなど,やや複雑な問題は座標系に対応して決められている方向を正として問題を解く.
特に
○教科書・参考書等で既に得られている解を応用する場合にはその解が正と定義した作用方向を確認して使用する必要がある.
材料力学では仮想断面に作用する内力あるいは応力を取り扱う.一般に物体を仮想断面で切断すれば物体は2つに分かれ断面そのものも2つ表れるが,この2つの断面上に作用する内力や応力は同じものであるから力の釣合式等の定式化においては同じ未知量として取り扱う.ただし,作用反作用の関係より,この2つの断面に生ずる力の作用方向は互いに逆向きである**).したがって,内力や外力を図示する場合断面との関係で考える必要がある.
○軸力(垂直応力)は断面の外向き,即ち物体から外に向かう方向,に作用するものが引張り
逆に物体の内向き,すなわち物体の内部へ向かう方向,に作用するものが圧縮
であり,通常は引張りを正とするが,単純な問題は圧縮を正として解を得る場合もある.(現場では圧縮応力を-10MPaの引張応力と言ったりはしない.)
注**) 物体を仮想切断して2つの部分に分けて考える時,仮想断面に作用する力(内力や応力)は互いに逆向きとなるが,変位は同じ方向である事に注意せよ.
座標系を指定して議論する場合,座標軸に垂直な断面を取り扱う事になる.座標軸に垂直な仮想断面には,外向き法線ベクトルが座標軸の正方向を向くものと,これが負方向を向くものがある.そこで
○外向き法線ベクトルがi座標軸の正方向となるものを+i面
外向き法線ベクトルがi座標軸の負方向となるものを-i面
と定義する.このようにすれば
○+i面の引張応力はi座標軸正の方向
-i面の引張応力はi座標軸負の方向
のベクトル,逆に
○+i面の圧縮応力はi座標軸負の方向
-i面の圧縮応力はi座標軸正の方向
のベクトルとなる.すなわち,内力の作用方向が「面の外向き法線ベクトルと同じ場合が引張力」,「面の外向き法線ベクトルと逆向きの場合が圧縮力」である.これらは断面に垂直に作用するが,断面に平行に作用するせん断力の正負は次のように定義すると都合が良い.
i座標軸と直角な座標軸をj座標軸として,
○+i面ではj座標軸正の方向,逆に-i面ではj座標軸負の方向
に作用する内力あるいは応力を正のせん断力あるいは正のせん断応力
と定義する.なお一般にはi,jに直交するもう一つの座標軸をkとすれば,i面k座標軸方向のせん断力についても同様に定義できる.